- ホーム
- 文化身体論 結論・今後の課題
結論・今後の課題
文化身体論の構築による実践的成果と、 スポーツ・教育現場への応用可能性
本研究の結論
身体文化論において、日本人の日常から失われた身体文化、身体技法にはどのようなものがあるのかを論じた。身体観においては、現在のように解剖学的に各部位を細部化して捉えるものと違い、身体の各部位に対して広く曖昧であり、身体に限らず、自己と他者の空間さえも曖昧であることが日本人の身体観の特徴としてみられた。
西洋化によるハビトゥスの再生産に歯止めをかけるものとして、仮想的界を提示した。伝承によって伝統的身体技法が保存されている能楽こそ、仮想的界として適任である根拠について論じた。さらに、足半や下駄のように、伝統的な身体文化、身体技法が機能的保存された道具に着目した。
「暗黙知」の概念、身体感覚の二重構造を理解した上で取り入れた実践の先には、「間」の発見、会得があった。この「間」は、伝統的道具の中にある機能的保存されていた身体文化、身体技法に内在していた「間」である。実践者は、「間」を自らの競技に応用して落とし込んでいくことで、自らの競技における「型」をみつけていくことが可能になる。
研究の総括
第1章から第3章にわたって論じてきた文化身体論の構築について、以下のようにまとめることができる。西洋化によるハビトゥスの再生産を仮想的界によって歯止めをかけ、機能的保存のある道具と「ことば」を駆使することで、ハビトゥスを文化身体によるハビトゥスへと変容させることができる。
このハビトゥスの変容の過程において、これまでの身体文化論においては、界の不在により存在も機能もすることができていなかった日本の伝統的な身体文化、身体技法が、初めて文化資本として資本化されるのである。この文化資本の到達点こそが「間」と「型」であり、文化身体論の実践とは、この文化資本の到達点を目指すものだと言える。
実践的意義
このように、文化身体論の実践とは、「間」と「型」を文化資本の到達点として獲得し、これを各々の界における闘争やゲームを有利に進めるものとして応用することができる。だからこそ、伝承的身体の再現性に着目し、文化身体論の構築に向けての視点を持つ更なる研究が必要だと結論づけたい。
今後の課題
本研究では、身体文化論で分析されてきた身体技法を、どういった場面でどのように実践するべきかという点について十分に考察できたとは言えない。以下、今後の研究課題として挙げられる項目を整理する。
身体文化論で分析されてきた身体技法を、スポーツの各競技、日常動作、労働場面など、具体的にどういった場面でどのように実践するべきかという点についての詳細な検証が必要である。
- 各スポーツ競技における「間」と「型」の応用方法の開発
- 日常動作(歩行、座位、立位)への適用プログラムの構築
- 職人的技術への応用可能性の検討
身体感覚の二重構造における「間」の獲得過程でみられる生命システムが、状況に応じて次々と新しい意味情報を自律的に生成していく「ゆらぎ」(清水博,1990:290)に関する言及は、スポーツ指導の現場、教育現場への応用可能性がある。
- 「ゆらぎ」の定量的測定方法の開発
- 生命システムとしての身体の自己組織化プロセスの解明
- 創造性と「ゆらぎ」の関係性の研究
文化身体論の理論を教育現場でどのように実装していくかは重要な課題である。特に、体育教育における新たなカリキュラムの開発が求められる。
- 発達段階に応じた身体技法教育プログラムの開発
- 教師向けの研修プログラムの構築
- 評価方法の確立と標準化
文化身体論は、身体論、文化論、社会学、認知科学など多様な領域にまたがる学際的研究である。今後、さらなる学際的展開が必要である。
- 神経科学的アプローチによる身体感覚の二重構造の検証
- 文化人類学的視点からの比較文化研究
- 認知科学における身体性認知との統合
文化身体論の実践効果を客観的に測定・評価する方法の開発は急務である。
- 「間」の獲得度を測定する指標の開発
- 身体感覚の変化を定量化する方法論の確立
- 長期的な追跡調査による効果検証
主要参考文献
※全文献リストは論文本編を参照
- Bourdieu, Pierre. (1980). Le sens pratique. Editions de Minuit.
- 生田久美子(1987)『「わざ」から知る』東京大学出版会.
- 市川浩(1993)『身の構造』講